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今日の東奥日報(青森県の新聞)の「天地人」に、又、三浦哲郎のことが話題に取り上げられていた。
今朝、読む会の新入会員の鼻和さんからメールで情報を頂いて、県境のコンビニまで新聞を買いに行ってきたので、ここにその記事を転載させて頂くことにする。 ■東奥日報 『天地人』 2013.1.30 ……〈省略〉……▼近年の不況で、年収の少ない非正社員化が進んでいる。男性は収入が少ないと、なかなか結婚話を切り出せない。女性も生活の将来展望がなければ、結婚に踏み切りにくい。そんな経済的な問題も障害になっているのかもしれない。▼八戸出身の作家・三浦哲郎は料理屋で働く女性と結婚した。女性は最初のデートで遊郭で生まれ育ったことを打ち明ける。母親が射的屋を営んでいたという。三浦は兄姉の失踪や自殺を隠した自分を恥ずかしく思った。後に手紙で告白し、二人の心が通い合う。結婚当初は食うにも困る貧しさだったが、夫婦で耐えた。▼「人は誰しも未熟な結婚をし、小舟の航海にも似た危うい旅の日々を重ねる」と、三浦は言う。不安があっても、心の赴くままに従う。生涯の伴侶を得るにはそんな勇気も必要だろう。 的を得た素晴らしい引用である。
これを読んで小説『忍ぶ川』のことだと分かる人はどれだけいるだろうか? 小説での〈私〉は〈三浦〉のこと。作者自身のことを書いた〈私小説〉だから、余計に説得力がある。 新たに関心を持って読んで貰えたら嬉しいことだ。 このところ、東奥日報に郷土の作家・三浦哲郎に触れる記事の掲載がよく見られるようになった。 恐らく、一昨年から一年間連載した特集「三浦哲郎 作風と文学への旅」によって、多くの青森県民に新たに認知して頂けたことで、日常のことへのアドバイスに引用し易くなったのだろう。 それは、三浦さんのことを深く理解している編集者がいることを示してもいる。 このようなことの繰り返しが、三浦哲郎とその文学を郷土に根ざさせる貴重な活動になるのではないだろうか。 岩手県にもゆかりの深い作家だけに、青森県が羨ましく思えてくるが、地方紙の役割は大きい。 |
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この画面左脇に「ゲストブック」のコーナーがあるけど、投稿されていることを知らないでいて、滅多に確認しないままになっていることが多い。
昨日も、盛岡の工藤さんから、先日上京した際に三浦さんゆかりの地を訪れて来た報告の記事が投稿されていたが、目立たないので、こちらに転載して置くことにしよう。 26日所用で出掛けた帰りに三浦哲郎邸周辺、早稲田三朝庵、日本近代文学館を訪れて来ました。石神井川川べりの小橋を渡ったりしながら、『素顔』の主役愛犬カポネの散歩姿や出稼ぎ男一の森氏やその倅、文士を志す予備校生、そして母や家族とのやり取りを存分思い描くことが出来ました。三朝庵へは午後1時過ぎに行きましたが大変な繁盛振りで、大ざるを堪能。「元大隈家御用」を始め文士、政財界、スポーツ界等々沢山の方々の胃袋を満たしているようで、「あそこの席が空いたよ」「また出掛けて来てね」と気さくに誰にでも話し掛けるおばあちゃんの向こうに、かけやもりをほおばる三浦が見えるようでした。日本近代文学館のBUNDAN(coffee&beer)では芥川coffeeを満喫しました。そこでは「向田邦子のビーフストロガノフ」と言う風に文士にちなんだ食事も戴けます。三浦なら、さしずめ食材はじねんじょ、烏賊、鰯、ゆで玉子で、料理はえんびフライ、とんかつと言ったところでしょうか・・・。三浦ワールドは、正しく我々の生きる道標ですね。 東京には、三浦ファンにとって興味が湧くゆかりの場所がまだまだある筈なので、皆さんの協力を頂いて『三浦哲郎文学散歩in東京 ガイドマップ』を確率できないものかと思う。 |
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先日来、注目している草稿の出現をみると、三浦さんの作品で、小説雑誌や機関誌への寄稿随筆など、著書に掲載されないままに眠っているものが他にもあるのではないかと思わずにいられない。
小説雑誌のバックナンバーをウェブサイトで調べてみたところ、一部ではあるが三浦作品を拾うことが出来たので確認してみる。 ■小説雑誌に掲載された三浦哲郎作品(一部) 1963年 「トナカイの夢」《小説現代 1963年7月号》 1964年 「浜吉のノート」《小説現代 1964年5月号》 年譜にない作品 1965年 「湯の花の匂い」《小説現代 1965年12月号》 1966年 「母とのたたかい」《小説ジュニア 1966年8月号》 年譜にない作品 「永い初恋」《小説現代 1966年9月号》 年譜にない作品
「ひとり生きる麻子」《小説ジュニア 1966年10月号》 1967年 「可憐な旅」《小説現代 1967年11月号》 1968年 「巣立ちの夜」《小説ジュニア 1968年3月号》 年譜にない作品 1970年 「風薫る五月の夕雨子」《小説現代 1970年7月号》 1977年 「踏切」《野性時代 1977年5月号》 1978年 「岬にて」《プレイボーイ 1978年3月号》 年譜にない作品 1981年 「よだれ」《ショートショートランド 1981年夏号》 1985年 「モーツァルト荘」《小説新潮 1985年8月号》 1993年 「ひばしら」《小説新潮 1993年10月号》(三浦哲郎短篇文学館) 年譜にない作品 1995年 「じねんじょ」《文藝春秋 1995年7月臨時増刊号》(海燕 平成元年5月号) 年譜にない作品
2000年 「めちろ」《群像 2000年1月号》 「つやめぐり」《文學界 2000年4月号》
「おとしあな」《新潮 2000年6月号》
2004年 「肉体について (一)」《群像 2004年2月号》 「肉体について (二)」《群像 2004年3月号》
「肉体について (三)」《群像 2004年4月号》 「肉体について (四)」《群像 2004年5月号》 「肉体について (五)」《群像 2004年6月号》 「肉体について (六)」《群像 2004年7月号》
このように『作家生活50年 三浦哲郎の世界』の年譜に掲載されていない作品もある。 著書に有るか無いか、もう少し時間を掛けて調べて見たいと思っているので、情報をお持ちの方がいたら協力を願いたい。 40年代にブームだったジュニア小説の代表とも言える『小説ジュニア』は、私も高校生の時に読むことがあったが、当時は「ジュニ ア小説の王者・富島健夫」が注目されていた。 三浦さんもジュニア小説雑誌に作品を書いていたとは…。 富島健夫に詳しい人のBlogによると、ジュニア小説の人生相談を担当していた三浦さんの真摯な回答ぶりが高い人気を得ていたそうである。 そこから生まれたのが「青春相談室」(秋元書房)なのかな。 小学館発行「ジュニア文芸」に創刊から終刊に連載されたもので、単行本発行は昭和42年(1971)のようだ。 読者の感想のBlog①、に②三浦さんの回答編ともに一部内容が紹介されているので、興味のある方は読んで見て下さい。 読者の感想 その2 この読者の「青春相談室」についての感想を転記させて頂きたい。 〈「あとがき」に、小学館発行の月刊誌『ジュニア文芸』に5年間連載された「人生相談室」から64編を抜粋収録した、とあります。1971年刊ですから、三浦の30代後半の仕事、という事になります。『兄と弟』『燃ゆる瞳』『ひとり生きる麻子』等、青少年向けの作品を多く書いていた当時の三浦らしい仕事といえます。64編中、1編だけが男性で、他全て女性からの相談です。 三浦の回答は、実に真剣で、まっすぐで、時には容赦のないものでした。確かに言葉は選んでいますが、率直で、時には厳しく、感情を隠さず、言い切っています。作家にしてみれば「余技」のようなこんな仕事でも、手を抜いているようないい加減さは全くありませんでした。
考えて見ると、「すべてを言葉で表現し、伝え、そのことに全てをかける仕事である」という点で、心理カウンセラーと作家は通じるものがあります。〉 |
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先日来、紹介している新刊「青森県謎解き散歩」の中で、三浦さんについて紹介している文章に誤りがあるそうなので報告させて頂く。
〈青森を舞台にした映画・文芸・ドラマ〉の項(P-36)で、次のように書かれている。 八戸市出身の三浦哲郎(1931〜2010)は、『おろおろ草紙』(1982)や『白夜を旅する人々』(1984)など多くの作品で、故郷の青森を舞台に貧しさの中で生きる人々の姿を描いたほか、『辻音楽師の唄―もう一つの太宰治伝』『桜桃とキリスト―もう一つの太宰治伝』『鬼が来た 棟方志功伝』などの評伝も多く残している。 三浦ファンならお気付きと思うが、 『辻音楽師の唄もう一つの太宰治伝』『桜桃とキリスト―もう一つの太宰治伝』『鬼が来た 棟方志功伝』などの評伝も多く残している。 のところが、三浦さんの作品と長部日出雄さんの作品がまぜこぜになっているのは、出版社の校正ミスで、2刷以降は直すことになっているそうだ。 何も知らない人や、太宰治、棟方志功ファンが読んだら、三浦さんの書籍を探してしまうかもしれないが、お間違いの無いように! |
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「青森県謎解き散歩」に掲載された三浦哲郎紹介欄の文章提供者である青森県近代文学館に、文章拝読の報告を差し上げたところ、また新たな情報を頂いたので紹介したい。
草稿「さすらいびと」の経緯については調査中で未だ手掛かりがないようだが、その資料収集の過程で、新たな作品が出てきているとのことだった。 三浦さんの作品で著書に残されていないものがあるようで、今回見つかった作品もそれではないかとのこと。 文学館では、昭和40年代の「週刊平凡」に、三浦哲郎・戸川昌子・富島健夫・松本孝の4人による連作読み切り短篇「恋愛百景」があると聞いて取り寄せて見たそうだ。 残念ながら、それは読み切りの恋愛小説シリーズになっていて、「さすらいびと」ではなかったそうだが、単行本には掲載されていない作品のようだというのである。 他にも、昭和38年、全国市長会の機関誌「市政」に掲載された「雪の宿にて」という作品も見つかったそうだ。 現在、青森県近代文学館で開催している新収蔵資料展では、コピーになるがこれらを展示しているので、単行本未収録原稿展のようになっているとのこと。 とても興味をそそる資料展のようなので、機会をつくって行ってみたい思いでいる。 その内容について以下に紹介する。 青森県近代文学館
新収蔵資料展「十人点描―資料が語る作家のこころ―」開催中!近年新しく当館蔵となった資料の中から、これまで公開されていなかったものを中心に、本県ゆかりの作家10人 (葛西善蔵、福士幸次郎、鳴海完造、北村小松、菊谷栄、高木恭造、今官一、菊岡久利、三浦哲郎、長部日出雄)の原稿・書簡・遺品等を展示します。 開催期間中の日曜日には文学館職員による講演や展示解説も行われるそうなので、時間に合わせて行けたら良いと思う。 新収蔵資料展 「十人点描―資料が語る作家のこころ―」にともなうイベント
会 場: 青森県近代文学館 企画展示室 資料展のチラシを転載させて頂く(裏表とも)。 |




